2005年12月17日

認めよう。我々は騙されていたのだ。



1940年代からわが国において一貫して行われてきた改革によって社会はいかに変容してきたか振りかえってみよう。それはただひたすらに、私たちを守り育んできた共同体の破壊の歴史ではなかったか。自由主義の名のもと、個の尊重の掛け声のもとにあらゆる組織を、そのための桎梏と考えて潰して行った歴史ではなかったか。

内田樹の研究室:そして東京から
岸田秀は個人の心理と集団の心理は同じ力学が働いているという「唯幻論」によって国家論に新しい切り口を示した。

それが「あり」だとすれば、個人の場合と同じように「家族の人格」「家族の心理」「家族の抑圧」「家族の欲望」というものを想定することはできないのだろうか。

その場合、家族の健全は、個人や国家の場合と同じように、「『うちとは違うよその家族』たちとどのようにコミュニケーションを成り立たせうるか」の能力に基づいて考量しうることになる。
しかし、家族を一個の人格とみなして、それが他の家族と取り結ぶコミュニケーションの能力や失調に基づいて家族の健全度や開放性を査定できると論じた社会理論を私は寡聞にして知らない。
おそらく家族集団ごとにひとつの「家的人格」というものを措定するという発想そのものが「家父長的イデオロギー」として退けられて久しいからであろう。

だが、現在「階層化」というかたちで進行しているのは、そのような趨勢に冷水を浴びせるような事態である。

この社会で最上層を形成し、権力や財貨や情報を占有しつつあるのは、言われるような自己決定・自己責任を全うしている単体の個ではなく、門閥や閨閥に厳重に絡め取られたせいで、成員たちは職業選択や政治意識について「フリーハンド」を封じられている代償として、ある種の特権を享受している「集団」である。

その一方で、あらゆるレベルの中間共同体から離脱して砂粒化した個体たちは構造的に「下層化」している。

生物として考えた場合、集団を形成しているものと単体でリスク社会に立ち向かっているものではどちらが有利か誰にでもわかる。

リスク社会において高い確率で生き延びられるのは彼の存在自体が「リスク」であるところの例外的強者と「リスクヘッジ」してくれる仲間を持っている弱者たちだけである。

それはサバンナにおけるライオンやトムソンガゼルの生き方を見ればわかることだ。

しかし、今の日本社会において支配的な社会理論はトムソンガゼルに向かって「群れを離れてひとりで生きること」をつよく勧奨している。

これがライオンの「思うつぼ」であることにどうして誰も気づかないのか、それが私には不思議である。

もし、弱者が社会的リソースの「奪還」や公平な「分配」を望むなら、いまのところ最も堅実な方法は「健全な家庭を持ち、家族メンバーの手厚い支援を受ける」ことである。

家父長的イデオロギーを「政治的正しさ」の名において廃棄したら、家父長的イデオロギーをいまだ墨守している「反動的」少数者に社会的リソースが集中してしまった・・・という「政治的に正しくない」現実をどう理解すればよろしいのであろうか。

今後もさらに親族や地縁共同体や「親方日の丸」的企業などの中間的共同体の「構造改革的解体を進め、自己決定し自己責任を取る単体の個がリスク社会の淘汰圧に向き合って「負け」続けるオプションをこれから先も最良のものとして推奨すべきなのであろうか。

苅谷剛彦さんが指摘しているように「自己決定し自己責任を取る主体」を組織的に作り出すことを推奨したのは小渕内閣の諮問機関であるし、「自分探しの旅」ということを言い出したのは中教審である。

つまり、社会の「上層部」の方々が下々のトムソンガゼル的民草にむかって「ひとりで生きろ」ということを強くアナウンスしたわけである。

その結果はご案内の通りである。

恐ろしいことをはっきりと言う人である。つまり、大胆に意訳すればこういう事だ。

われわれ《下層民》は愚かにも自由主義の尻馬に乗って、あらゆる組織から開放され、自由になったかに、見えた。

しかしその結果は、自由と引き換えに、われわれは自らを守るものをすべて失ってしまった。

その一方で、《エスタブリッシュメント》はどうしていたか。彼らは、個人の自由などと愚かなことは主張せずに、自らの属する共同体を維持することに専念した。

勝負は明らかであろう。われわれは、騙されていた。そういうことだ。


いまさら崩壊した家族の絆は戻らない。地域共同体は消滅してしまった。友人間、恋人間、夫婦間ですら利己的な関心が優先する希薄な関係になってしまった。僅かに擬似的共同体として機能していた会社でさえ、リストラで痛めつけられ、ばらばらになってしまった。

おそらく天皇制をめぐる論議は、そのフィナーレを飾るはずである。天皇制が解体するとき、日本国民を覆っていたすべての共同幻想もまた終焉を迎える。晴れて、民主主義以外なにもない、純粋な、教科書通りの無色透明な国家が完成するのだ。

そのとき国民は、もう、人ですらない。単なる労働力という生産要素に成り下がるのだ。


少し考えれば、そこまでの将来が見通せるはずなのに、見えない人がいる。まだ騙されたがっているのか。それとも彼は、支配階級の犬なのか。

話は天皇制だけに留まるものではない。ここまでの社会を作り上げてきたのは何千年何万年という先人達の知恵である。それだけかけて、やっと獣から人間に進化してきたのである。それを、僅か百年足らずで破壊するというのか。

破壊すれば、元のようにケダモノに戻る。それだけの話だ。

今までいいと思って信じてやってきたことが、実は地獄への道の一里塚だったと言うわけだ。


もう絶対に騙されたくないと思う。この戦後60年の歴史は、悔やんでも悔やみきれない。私が何かしたわけではないけど、やっぱり悔しい。

騙されないことの第一歩は、未来よりも、現実を見つめることだ。理論より、人を信じることだ。世界の情勢よりも、自分の身近な人の悩みを解決することだ。それでも我々は愚かだから、少しは騙されるだろう。でも大きくは騙されまい。

悲観していてもし方がない。それは今からでも、遅くはないはずだ。
この記事へのコメント
戦後改革の「農地改革」だけは評価が高い。
しかし、一部は正解で一部は間違いです。
確かに大地主の農地の寡占独占体制は過酷な目面も合った。しかし篤農農家の存在は有意義な
面が多く地方の貧農の子供でも有鬚なら最高学府まで面倒を見てくれた。学資援助も書生としての住み込み学生もあった。地方の文化の保護育成にも役立った。悪い面は大都市近郊の農民だけが無料農地や格安農地で田畑を売り払い史私利私欲で消散した.一方地方の中山間地域は
過疎化が進み、田畑放棄で裏山が崩壊したり樹木の倒壊が進み荒廃して余計費用がかかる。又合併しても地域として機能できない遺棄部落も出てる.家族崩壊も核家族で進み更に単身世帯が
主流に置き変わり始めてる。
人間の文字に現れてる通り人と人が支えあう、纏まりある家族の存在は人類の一番の発明文化です。文化も単身者主体ではやせ細り各自の趣味の巣穴の中で発展は見込みが薄い。
群れて切磋琢磨して鍛えて我慢して協力し合える兄弟数は大事です。未亡人で私は4人も子育てしたが、世間様の苦労は無かった。羨ましかられたり、妬み心の女性が多いでしょうねー、何の問題なく健康で明るく良い子で社会に役立つ立派な人間にはなてると感謝しています。貧乏も金の苦労も長い流れの一時期だし終れば楽しい事だけ残りますが、頭で考えて経済性を第一にする割に子育ては下手糞だと思えますねー。
Posted by ようちゃん at 2005年12月17日 08:50
こんばんは。

>もう絶対に騙されたくないと思う。この戦後60年の歴史は、悔やんでも悔やみきれない。私が何かしたわけではないけど、やっぱり悔しい。
>騙されないことの第一歩は、未来よりも、現実を見つめることだ。理論より、人を信じることだ。世界の情勢よりも、自分の身近な人の悩みを解決することだ。それでも我々は愚かだから、少しは騙されるだろう。でも大きくは騙されまい。
>悲観していてもし方がない。それは今からでも、遅くはないはずだ。

同感です。
TBさせて頂きました。時間がありましたら一読頂けると幸いです。
Posted by 田舎の神主 at 2005年12月19日 00:07
ようちゃん様。
長文、かつ丁寧な書き込み、本当にありがとうございました。
実は私も農地解放「だけ」は評価していた一人だったのですが、解放直後はともかく、長い眼で見ると社会の基盤を確実に蝕んでいたのでしょうか。
ぬか喜びさせられて、結局元も子も取られて、なんだか悲しいですね。
やっぱり、多少生活は厳しくなっても、家族を大切にする心が大切なのでしょうか。
Posted by 非国際人 at 2005年12月20日 09:13
田舎の神主さま。いつもありがとうございました。
トラバ先、読ませていただきました。貴コメント欄にて感想を書かせていただきます。
Posted by 非国際人 at 2005年12月20日 09:14
日本社会は人と人とのつながりが極端に薄くなったにもかかわらず、の回復への道が見えていません。
アメリカなどのアングロサクソン文化では意外に「愛」で繋がる人間関係があるのですが、日本では悲しいかな、個人間の愛情というものがそもそも否定されてきた文化であり、現在も基本的な状況は同じです。
破壊されてしまった地域社会などの再生とともに、欧米的な愛について、再考し、使える部分は取り入れる工夫が必要なのかもしれません。
まとまりませんが、雑感として。
Posted by takeyan at 2005年12月20日 09:58
takeyanさま、コメントありがとうございます。
そうなんですよね、欧米文化にはキリスト教伝来の愛の文化がありますよね。日本では宗教的伝統が、明治維新時の廃仏毀釈と戦後の脱宗教化でまったく壊れてしまっています。その上をブルドーザーのように資本主義化が進んでいったので、もう個人を精神的に支えるものは何もないと言う状況に近いです。
私が子供の頃は、まだ地域のつながりのようなものもかなり強固にありましたが、地方の町はどこも虫食い状態で、しかも年配者ばかりと、かなり悲惨な状況です。
若者ばかりに媚を売って、年配者をないがしろにした付けが回ってくるような気がします。ご紹介いただきました異世代交流の試みは大変興味深いと思いますね。なくしてしまったものを人工的に復活させるのはかなりの持続的努力を要するとは思いますが。
Posted by 非国際人 at 2005年12月21日 05:37
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