ただ、ここに来て、当然というか何と言うか、急に勇ましいことを仰る方が増えてきて、ブロガーにも同調する方が多いです。
しかし、ブログのレベルならいいのですが、ここぞというときにそれなりの立場にある方がこれを煽り立てるようなことをいうのもどうかと思います。
また、左翼的なブロガーの中には、「騒ぎすぎ」という意見もありますが、黙殺して、なかったことにするのは最悪です。この機会に議論はちゃんとすべきなのです。ただし、扇情的にならない程度に。
難しいかもしれません。しかし、ちゃんと探せば、正論を吐く人はちゃんといるのです。
佐藤健の溶解する日本:明治以来のインチキ臭いやり口>弱い犬ほどよく吠える先制攻撃論
つくづく思うのは、この国はどれだけの犠牲を払っても変わらないなってことです。
そして情けないのは、こういう一見勇猛そうで先鋭な議論が出てくるときに、この国の世論の裏側には必ず情けないほどの非論理的な恐怖心があるんですね。
簡単に言えば、弱い犬ほどよく吠えるということなのですが、ロシア帝国の南下政策に怯え、ソビエトからの共産主義の伝染に怯えた挙げ句に、今みんなで嘲笑している北鮮の「先軍政治」みたいなところまで行っちゃって、その原動力になったのが「大日本帝国憲法」無視ですよ。
その総仕上げの一端が「大日本帝国憲法」を公布当初から蹂躙してきた連中と党人政治家の権力闘争がでっち上げた天皇機関説事件(天皇機関説)だったりしたんですが、今回の憲法に無頓着なこういう発言を耳にし、それに喝采を送る人の群れ、そしてその背後に見え隠れする恐怖心を見るにつけ、やっぱりこの国の国民は憲政に向かない国民なのかも知れないってことを思います。
その限りにおいて、喝采を送っている諸兄が日頃罵倒し嘲笑する中華人民や朝鮮の国民を馬鹿になどできないと思うのですが、保守政治家としてあろう者の取るべき態度は、こんな集団ヒステリーみたいな現象を政治的に利用することではなく王道の憲法改正論をやるってことじゃないですか。
「情けないほどの非論理的な恐怖心」とは良く言ったものだと思います。
結局私たちは、日本の地政学的位置がどうなのか、また、それによって過去どういう悲劇が起こったのか、そしていまどういう状況にあるか、ちゃんと学んできていなかったのですね。
敵を知り味方を知れば百戦危うからずとは言われますが、私たちは米国の準保護国的な立場に安住して、その分析を怠ってきたのです。つまり、戦える状況にはないのです。その事実は、冷静に受け止めるべきです。
その上で、今取れるオプションは何か、政治家は国民に提示すべきだと思います。耳障りのいいことばかりを並べるのなら、テレビの司会者でもできます。いやしくも国民の信託を受けてその職にあるはずの人たちです。
今、それができなければ日本の政治は、所詮その程度ということです。
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