2006年07月19日

小泉純一郎は毛沢東の思想的後継者なのか



熊谷弘氏というのは、保守新党の党首だったあの人です。城内氏のブログを読まなくちゃと思うと同時に、この人もブログを書いていたことを思い出しました。熊さんのコラム

経歴を読んでびっくり。この人も遠州の政治家ではないですか。(私は浜松に住んでいた事があるので、土地鑑はある)しかも調べてみると、このときは城内氏が刺客として自民党から送られてきたとあります。うーん城内さん、何て業の深い。

本当はこの人の書いた記事を紹介しようと思ったのですが、この人の経歴を調べると、これがまた面白い。まさに、権謀術数に生きた人です。しかも、野中弘務と小沢一郎という、稀代の策士二人に翻弄されて、結果的に潰されています。

で、よく考えたら、みんな元は旧田中派なんですね。これがみんな、あの時代の政治の歴史を作っている。小渕さんとか、梶山さんとか。これがみんな、潰し合ってしまった。思ってみれば、これは日本の政治史にとってものすごい損失だったのではないかと思うわけです。

現在の小泉政権は、その屍の上に君臨しているわけです。


とまあ昔話はこの辺にして、記事の引用を。
このところ、何か心当たりがあって、それが何だったか遂に思いつかない。
イライラしていたのだが、そうだと気がついて本棚から「文化大革命十年史」(岩波文庫版)を取り出してみた。というのもこの頃の世の風潮をみると何かつかえたものがある。
こんな感じをもった時代の空気について、何に書いてあったかなぁ〜と考えていたのである。全3巻に及ぶ克明な記録であり、何度も読んだこともあるのだが、結構時間がかかった。
ウーン これだ これだ。権力とマス・メディアが一体になったときどんなことになるか、だったんだ。文化大革命といってもこれは上からの革命であった。
最高権力者(すでに権力をにぎっている者)が自分にとって脅威となる者たちをヤッツケルための革命だった。そして、その手段はマス・メディアであった。
壁新聞というのがあったが、これは日本でいう紙爆弾という奴だろう。ターゲットになった人物を次々に中傷誹謗で追い落としていく有様など洋の東西少しも異ならない。

渦の外側からみていると、実にバカげているのに、上から下まで大騒ぎ。
ただ、何となく感じるのだが、このときの毛沢東の目だけは冷ややかに走りまわる人間をみていたように思う。
権力がマス・メディアをハイ・ジャックするのは中国だけで起きた話ではない。

近時の米国や日本の姿をみてそう思うのである。

うーん。どうしてここで、「文化大革命十年史」が出てくるのでしょうか。熊谷氏は、学者ではありません。通産省の官僚上がりです。今の官僚に、これだけの学識があるでしょうか。もう、只者ではありません。(もちろん私にはその学識もない一介の漂泊の民でしかないわけですが)


しかしそれにしても興味深い指摘がありました。小泉劇場が、なんと文化大革命のアナロジーであったとは。ターゲットとなった人間のスキャンダルをマスコミに書かせて、追い落とす。まさに一時官邸の多用した手法そのものではないですか。

そして熊谷氏も、そうやってレッテルを貼られて政治家引退を余儀なくされた人です。その上、彼を追い落とした功労者である城内氏にまで同じことをするとは。

恐るべきは毛沢東の政治手法を引継ぐ小泉首相。スケールは小さいものの、国民の幸福より自分の権力欲を満たす事しか考えてないあたり、実によく似ているとしか言いようがありません。


しかし、これを学んだ私たちは、もっと賢くならなければならないはずなのです。これ以上騙されてはいけないはずなのです。

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