2006年08月30日

沖縄の集団自決問題:右も左も相手を間違えてないか?



私たちの頭の中に、しつこくこびりついているのが「日本は戦時中非常に悪いことをした」史観、つまり自虐史観ですが、次々にその虚偽が明らかにされてきています。

それは、確かに歓迎すべき事ではあります。しかし、なぜ、今この時期に真実が明らかになったりするのか、その背景を考えなければなりません。


ところで最近は新聞よりもずっと役に立つのが、てっくさんのブログです。読むたびに新しい発見があって、いかに自分がお調子者のノータリンであったか思い知らされます。

右も左も、政治を語る人は謙虚な気持ちになって、是非読んでください。質のレベルが他の政治ブログとは格段に違います。そして、議論の質を高めていかないと、私たちの気持ちだけでは次々押し寄せる官邸からの目くらましにいつまで経っても対抗できません。


今回は、この二つのエントリーから。
Let's Blow! 毒吐き@てっく: 軍の命令はなかった 沖縄・渡嘉敷島の集団自決
Let's Blow! 毒吐き@てっく: 沖縄戦自決報道について


長いので、主要部分だけ引用。これは、産経新聞の記事の部分。
 第二次大戦末期(昭和20年)の沖縄戦の際、渡嘉敷島で起きた住民の集団自決について、戦後の琉球政府で軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった照屋昇雄さん(82)=那覇市=が、産経新聞の取材に応じ「遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、軍による命令ということにし、自分たちで書類を作った。当時、軍命令とする住民は1人もいなかった」と証言した。渡嘉敷島の集団自決は、現在も多くの歴史教科書で「強制」とされているが、信憑(しんぴょう)性が薄いとする説が有力。琉球政府の当局者が実名で証言するのは初めてで、軍命令説が覆る決定的な材料になりそうだ。
 照屋さんは、昭和20年代後半から琉球政府社会局援護課で旧軍人軍属資格審査委員会委員を務めた。当時、援護法に基づく年金や弔慰金の支給対象者を調べるため、渡嘉敷島で聞き取りを実施。この際、琉球政府関係者や渡嘉敷村村長、日本政府南方連絡事務所の担当者らで、集団自決の犠牲者らに援護法を適用する方法を検討したという。
 同法は、軍人や軍属ではない一般住民は適用外となっていたため、軍命令で行動していたことにして「準軍属」扱いとする案が浮上。村長らが、終戦時に海上挺進(ていしん)隊第3戦隊長として島にいた赤松嘉次元大尉(故人)に連絡し、「命令を出したことにしてほしい」と依頼、同意を得たという。
 照屋さんらは、赤松元大尉が住民たちに自決を命じたとする書類を作成し、日本政府の厚生省(当時)に提出。これにより集団自決の犠牲者は準軍属とみなされ、遺族や負傷者が弔慰金や年金を受け取れるようになったという。
 照屋さんは「うそをつき通してきたが、もう真実を話さなければならないと思った。赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂かれる思いだった」と話している。
 300人以上が亡くなった渡嘉敷島の集団自決は、昭和25年に沖縄タイムス社から発刊された沖縄戦記「鉄の暴風」などに軍命令で行われたと記されたことで知られるようになった。作家の大江健三郎さんの「沖縄ノート」(岩波書店)では、赤松元大尉が「『命令された』集団自殺をひきおこす結果をまねいたことのはっきりしている守備隊長」と書かれている。
 その後、作家の曽野綾子さんが詳細な調査やインタビューを基にした著書「ある神話の背景」(文芸春秋)で軍命令説への疑問を提示。平成17年8月には、赤松元大尉の弟らが岩波書店と大江さんを相手取り、損害賠償や書物の出版・販売の差し止め、謝罪広告の掲載を求める訴えを大阪地裁に起こしている。(豊吉広英)

要するに、軍の命令で集団自決をさせられたというのは、年金をもらうために拵えたフィクションであって、それに軍の当事者であった赤松元大尉も汚名は覚悟で協力していたということです。

とはいっても、集団自決自体の存在が否定されたわけではありません。それは、確かに事実としてありました。しかし、それはアメリカ軍の無差別な猛攻に耐えかねて自ら死を選んだのであって、軍が、命令したとか、示唆したとかいう話ではなかったようです。

同じ集団自決でも、軍が命令したのとしなかったのでは、話が全く逆になることに注意してください。悪いのは明らかに国際法違反の、住民への無差別攻撃をしている米軍であって、それがいつのまにか摩り替わって日本軍のせいになっている事が問題です。


そしてこの沖縄戦問題は、南京大虐殺や従軍慰安婦問題と同様に、日本近代史の自虐史観の一つを構成する大問題になってしまいました。しかし、発端がこんなところにあったかのかとわかってしまうと、ちょっとやりきれない気持ちです。

責めるべきは非戦闘員への無差別攻撃という卑怯な戦いをした米軍なのです。

しかし、私たちは、間違った情報を与えられて、60年間同胞を責め続けていたのでした。そして今ごろになって、いや、あれは実は作り話でしたと言われて、一体どうすればいいのですか。

そして今、敵はこの作り話を信じて反日プロパガンダを行った大江健三郎を始めとした朝日岩波文化人と左翼と言うことになって、また左右で罵倒し合うのですか。


私たちは80年代以来、ずっと同じことばかりしています。いい加減馬鹿馬鹿しいとは思わないのですか。

敵は大江健三郎じゃないでしょう。誰もノーベル賞作家の悪口は言わないけど、彼は、単なる器用な秀才に過ぎません。誰よりも敏感に、ちょうど流行した思潮に器用に乗って見せただけです。

それよりも、その大江にとっての受験参考書にあたるものを書いたのは誰なのですか。それを問題にしなければいけません。


長くなりそうなので、続きは明日。

banner_04.gif
続編を楽しみにしていただける皆様は、ぜひこちらを。

この記事へのコメント
はじめまして。猫だぬきと申します。
コメントは初めてですが、以前からこっそりお邪魔しておりました。
こちらのブログと、ご紹介の てっくさんのブログ、読んでいて「うんうん!」と頷くことが多く、また、知らないことがたくさん書かれていて、とても勉強になります。
でもなぜか、恐れ多くてコメントできず… ってそれはらんきーブログさんのコメント欄で書いたような… それで、「人のいいお茶目なおっさん」からお返事をいただいたような…(笑) とかはともかく、

集団自決が軍命令だったという「嘘」が、たとえば左翼的意図を持った勢力が流したデマだったり、GHQが作り上げた幻想だったりしたのなら、怒ったり責めたりも出来ますが、年金受給のための致し方ない嘘だったなんてことを知ると、仰るとおり、やりきれない思いに包まれます。真実を知っておられたご当人たちが誰より辛かったんだ…と。

やっぱり、戦争って悲しいですね…
なんて、あまりにも月並みな言葉ですが。

それにしても、産経新聞がなぜ終戦60年目の去年ではなく、今年の、しかもこんな何もない時期にこれを記事にしたのか、ちょっと不可解です。

初コメントだというのに、長文ごめんなさい。
続編、楽しみにしております。(クリック!)

Posted by 猫だぬき at 2006年08月30日 12:47
はじめまして
今日の記事読ませて頂いて、少しながら共鳴するところがあってTBさせて頂きました。
その時代の社会状況でやむにやまれぬ事態に追い込まれていったのは敗者であり、庶民だと思います。そのときの時勢を読み込んで、知識人やマスコミが小器用に立ち回って優位に立とうとする気持ちを持つのも、当時の状況を考えればやむを得なかったのかも知れません。でも今になって明かされる事実は、驚きというよりは、なぜかやるせなさというか、空しさというか。
あなたの後半の下りに共鳴します。
日本人同士が左右の立場でやり合う場を見ていて、わたし自身、疲れてきました。本当の目指す目標、本当の戦うべき相手をなおざりにして揚げ足取りのブロガー同士の傷つけ合いはただ悲しいだけです。
現代人(日本人)に欠けているののは、自分自身で考えることを身につけることだと思います。
Posted by ゲゲゲのイチロー at 2006年08月30日 16:52
猫だぬきさま
はじめまして。人のいいお茶目なおっさんです(笑)

てっくさんの知性と博識は私など足元にも及びません。私などはあの方に「偉大なる世間知」と呼ばれたほどの、根っからの庶民ですので。

それにしても、理屈ぬきに戦争はいやですねえ。頭に血が上っているうちはいいんでしょうが、後が悲惨すぎますね。特に今回の一件なんか、つくづくそう思います。

話は記事になっただけではなく、本当はまだまだ色々あったと思うんですよね。曽野綾子さんは、さすがに作家だけに、あの手の描写は非常に上手ですけど、絶対に、それだけじゃないと思います。日本軍も、住民側も・・・

想像ですけど、赤松大尉の側には、住民側のエゴとも取れる申し出を受けなければならない心理的プレッシャーがあったと思いますよ。でもそれは、百年たっても記事にならないでしょう?政治目的としては使えないから・・・

ま、ともあれ後味がよくないのは確かです。目的がなければ、墓の中まで持っていかれるべき話だったと思いますよ。


それでは、宜しかったらまたおいでください。話題が話題でしたのでちょっとお茶目にはなりきれませんでしたが(苦笑)
Posted by 非国際人 at 2006年09月01日 11:20
ゲゲゲのイチローさま
はじめまして。コメント付のトラックバックありがとうございました。

仰るとおり、むなしいですね。事実が明らかになったという爽快感がないですよね。


ところでこれは実は三輪さんがよく言っていたんですが、要するに、右も左も国を愛する心は一緒なんですよ。ただ、そこに至る方法が違うだけ。

そうやって、常に庶民は分割し統治されてきたような気がします。私たちはもっと賢くならなければならないと思うんですよねえ。
Posted by 非国際人 at 2006年09月01日 11:41
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL
http://blog.seesaa.jp/tb/22999542

自分の考えを持つことの大切さ
Excerpt: 最近、急激に政治ブログに興味が無くなってしまった。 きのうまでは自分だって声を上げて、何だかんだと叫んでいたのだから、こんなことを言うのは無責任きまわりないのだが、かかわればかかわるほど迷路に迷い込ん..
Weblog: 石橋を叩いても渡らないかも?
Tracked: 2006-08-30 16:14

猛暑の原因は水循環の破壊?!
Excerpt:  夏になると毎年のように気象記録を更新する勢いで猛暑が続いています。年配の方は、夏には夕立が付きものだったことを覚えておいででしょう。夕立はどこへ行ってしまったのでしょうか?  マスコミは『夏の暑さは..
Weblog: 晴耕雨読
Tracked: 2006-09-04 19:34
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。