といっても、急に親米になったりしないから安心してね。
だって私の身内にも、英霊はいるんですよ。軍艦乗りで、米軍の攻撃で一瞬にして海の藻屑と消えてしまいました。遺品もへったくれもあったもんじゃありません。でも、お墓だけは我が家で一番立派なのを立ててもらえました。
ところで、沖縄の例の集団自決の話からです。
冷静に考えて、あのようなことが、何の強制力もなく、自発的になされたという事は驚愕に値する事実だと思います。
日本国民がこんな調子でいたところへ、米軍が本土にまで来ていたら一体どんな事になっていたんだろうと思うと、ぞっとしますね。あまりに恐ろしくてそこから先は言葉になりません。
でも、竹やりの訓練なんかしていたんでしょ?今から考えれば、結果は見えているかも知れないけど、やっているほうは結構本気だったりしたんですよね。精神力の戦いだとか言って。
生きて虜囚の辱めを受けるより、見事死に花を咲かせたいと、前線の兵士ばかりでなく、銃後の婦人も、子供たちまでもそう思っていた。
そう言う時代の空気も知らないで、私たちが後付けの知識で当時の人間を裁くことなんか、できません。これを止めることが出来たのはただ一人、昭和天皇だけだったのですから。これが事実です。
恐るべきは、当時の日本人のここまでの純粋さと思いこみの激しさです。しかし、当時すでに日本人は文明人だったはず。にもかかわらず、ここまで非合理的になってしまった。
私たちは、自爆テロを繰り返すイスラムの人々が信じられないという。しかしホンの60年前までは、私たち自身がそういう世界に生きていた。だからこそ、アメリカ人は心底恐れおののいたのだと思います。
考えてみれば、中国人や韓国人は、ある意味行動が合理的(つまり、計算高いということ)なので、欧米人には理解可能です。しかし、日本人は違う。
さすが大和魂だなんて、悦に入っていてはいけません。日本人は、一度切れると止まらない。しかも、集団で暴走する。これって、日本の伝統ですか?
私は違うと思うんです。これは勘でしかないのですけど、元来日本人は、もっと大らかで、したたかだったはずだと思っています。しかしそれが何かによって、歪められています。
この病的なまでの潔癖さは、最近の不自然なまでの清潔志向に通じるものがあるような気がします。つまり、生真面目で時に破滅的な日本人の本質は、戦後60年を経ても変わってないのではないかと思います。
大胆に言い切ってしまいますと、私たちは、極めて暗示にかかりやすい民族に育てられているのです。そして今、戦後民主主義と経済成長という一つの時代が終わって、私たちは新しい規範を探しかねています。
そこに何がもたらされようとしているのか。非常に嫌な予感がしないでもありません。
しかし、どんな場合でも私たちは理性的であることを止めてはいけません。考えることを面倒くさがってはいけないのだと思っています。
ご参考になりましたら、ぜひこちらを。

「考えることを面倒くさがってはいけない」との言葉にまったくの同意をします。何事も面倒くさい、と考えることが世の中の諸悪の根源のような気がしています。
今後とも宜しくお願いいたします。
本土で地上戦は行われていませんが、原爆を代表にひどい目にあっています。「国策」として朝鮮半島、満州に行った人たちの悲惨さは「釜山から帰った女性が麻酔薬なしで中絶、人数多すぎてむしろに転がしていた」ぐらいにとどめています。
問題は反日沖縄人の洗脳解き、とヤツらにひどい目にあった本土人が言ってみる。
沖縄人が反日になると韓国人よりタチ悪いですよ。
逆洗脳は地獄を見るので嫌なんですが、このまま彼らが自由に日本人として日本を往来する状態が続くと、ネトウヨでも「非常に嫌な予感」がします。
コメントありがとうございます。
このエントリーは議論の着地点が途中で見えなくなってしまった感があるのですが、要するに明治以来の日本社会の設計図そのものに問題があるのではないかと考えています。
強力な中央集権体制と、情報媒体が少数のマスコミに独占されていることで、極めて画一的、かつ振れやすい国民性を備えるように至ってしまったように思っています。
はじめまして。書きこみありがとうございます。
実は考えるのが面倒な人たちって言うのはどこの国にもいるんですけどね。大多数の庶民は、そうでしょう。しかしそれだと、権力に利用されるだけで終わってしまいます。
また日本の場合、肝心の知識人層が怠け者で、しかもそれに自覚がないから余計に深刻だと思っています。
ブログがその流れを押し戻すきっかけになれば良いんですが。
コメントありがとうございました。
おっしゃりたいことはわかりますよ。ひどい目に遭ったのは沖縄県民だけじゃないからそれを特権化するのはやめれと言うんでしょう?
県民が反日なのは、私だって知っています。でも沖縄は、守らなくちゃいけない(ただし、韓国や朝鮮人までそれを延長する必要はありません)
これが普通に考えて大人の論理でしょう。
・琉球処分でまごうことなく日本になった沖縄を日本が守るのは当然。
・ただ、戦後の政治屋の瑕疵で反日になった沖縄は民間レベルで結構被害を出している。中国の工作も入って信用できない段階。程度は韓国人並(ブログのコメント欄にかけるのはサ○○○グくらい、他もありますがちょっと…)
・沖縄は日本領だから当然防衛です。ただし、裏切る可能性のある集団を守るとなると守る側のモチベーションの問題が出てくる。
反日洗脳を解く方法があるといいのですが。
>それを特権化するのはやめれと言うんでしょう?
仰る通りです。特権化した集団が今の日本の社会にどう受け止められているか、です。特権持ってない集団は黙って我慢してますが、感情はどうでしょうか?あまり感情をこじれさせるのは双方に害毒です。
とりあえずネトウヨが反論に食いついて見ました^^;
>この病的なまでの潔癖さ
>極めて暗示にかかりやすい民族に育てられている
深いですね。私も同じように感じます。
そのヒントとなりそうなものを阿修羅の過去ログでみつけました。
幕末〜明治維新に日本を操ったイギリス人「グラバー」と「奥の院」、それらに対する日本人の対応に関する一連のスレッドは読み応えがあります。
http://www.asyura2.com/0401/idletalk7/msg/632.html
http://www.asyura2.com/0401/idletalk7/msg/775.html
http://www.asyura2.com/0401/idletalk7/msg/833.html
陰謀論者の謗りを怖れずに言えば、日本人がおかしくなった原因の一つは幕末に結んだこの「契約」がまだ生きているからではないかと(かなり本気で)思っています。
つまり、英国で発生した大脳の叡智と欲望に基づく「最後の勝者ゲーム」に明治の元勲も無理やり参加させられたのではないか、ということです(さもなくば日本を隷属させるとか脅されて)。そしてこのゲームに参加する条件として、自分たちの本来の神さまや国民の魂を生贄として捧げ、選ばれたプレーヤーの叡智と欲望の下に、様々な方法で大衆を洗脳・扇動し、ゲームを続けろとか、もし途中で裏切ったら殺すとか、この条件は本当の勝者が決まるまでお前の子孫も含めて対象になるとか、とにかくこの悪趣味なゲームを成り立たせるための契約を彼らの「サタン」と交わすことを強要されたのではないでしょうか。
英国人はゲーム好きですからねw
一神教の神様の下で、強いコンプレックスを抱えた頭の良い金持ち(≒サタニスト)なら考えだしそうな「ゲーム」だと思うのです。神の名の下に「魔女狩り」で何十万〜何百万人も殺した頃から、禁忌に対する甘美な誘惑にとりつかれてしまうサタニスト的な精神構造が「叡智溢れる」彼らの心にはあるんですよ。きっと。彼らが魔女狩りを止めたのは、その欲望を「昇華」させるアイデアを他に見つけたからだと思います。その延長上にあるのが今も続いている「最後の勝者」を決めるゲームであり、そのために日々犠牲者が増えている、そんな気がしてなりません。
しかし、最近はゲームプレーヤー側もかなりの派閥に分かれて、ばらばらになっているように思います。上記の「契約」を無効化させるためには、一神教における神とサタンの構図を無意味にする必要があります。よって、日本人としては社会の様々な場に刷り込まれたこの種の洗脳を解き、八百万神による共生と包容を取り戻すことではないかと思っています。但し、その際にまた失敗しないように十分注意が必要です。具体的には西洋の哲学を用いながら、それを否定するというような矛盾した概念に囚われないように静かに思考を深めることが肝要かと思います(そしてそう思うだけで、少し洗脳を解く作用があると思う)。
嵐の後にも人類が生き残るためには、「赦し」が必要になると思います。東洋思想に基づけば、正しい「想い」はきっと死後も人を救うことができると信じています(というか信じたい)。
取りとめもなく長文を書き込んですみませんm(__)m
思いっきり怪しいなあ(笑)。「頭がくらくらする」と某所で評された陰謀論者の私すら倒れそうです(笑)
っと、言うのは半分冗談で、実は私も鍵は幕末にあると思っているんですよね。それに比べたら、戦後にGHQによってなされた工作など可愛いものなんじゃないのかなあと。
阿修羅の書き込みでもそう書いてありましたが、一般に愛国派の人が尊重を訴えている伝統とやらが、実はたかだか明治になって作られたものでしかなく、その前の伝統とやらがなんだったか、全く継承されていません。
この大いなる非連続性が、すごく気になっています。
小室直樹先生の言う、日本人のアパシーとやらは、敗戦によって生じたというより、明治維新によって、伝統的社会を解体し、資本主義社会にとって都合のいい労働者階級が形成される過程で生じたのではないか、むしろその方が罪が大きいのではないかと感じます。
そこで、伝統的社会から切り離されて、宙ぶらりんになった労働者階級が、マスコミのプロパガンダのいいターゲットになるわけです。それが結実するのが、大東亜戦争時における国家総動員体制でしょう。それは、何も大正昭和の時代に始まったことではなく、明治維新が始動した時点からプログラムらされていたことであったと考えます。
ですから、ことさらに戦後の日本を悪く言う人はそれ以前の、もっと大きな犯罪を隠蔽することに加担しているような気がするのです。