2005年09月21日

ほっとけないブラジルの貧しさ



20050921b.jpgせっかく沢山のアクセスをいただいているので、たまにはブラジルの話も読んでもらいたい。実はこの問題について語るほど私は十分な材料を持っているわけではないが、そんなことを言っていたら、誰も論ずる人がいなくなってしまう。天木直人さんがまったく政治の素人であるのも関わらず小泉首相の地元で立候補したのと一緒で、誰かがやらないと世の中は動かない。しかも、書くだけだから何のリスクもないのに、どうして書かないでおけるものか。

ブラジルと言えば、サッカーかサンバでしか知らない人が非常に多いと思う。ブログ検索でブラジルとやると、上位にはサッカーの話題ばかりずらずら並んでうんざりする。しかし、知っているだろうか?サッカーこそ貧乏人のスポーツなのだ。一人一人が道具を持っていないとできない野球と違って、サッカーはボールが一つあれば22人も楽しめるのだ。

そんなブラジルに行くと、特に都市部では、仕事のないかわいそうな人が沢山いる。車に乗って、信号待ちをしていると、水やジュースやお菓子などを買ってくれと物売りたちが沢山寄ってくる。フロントガラスを洗うからと言って駄賃を取ろうとする少年もいる。一人当たり1レアル(40−50円)でかたがつくが、どこにでもいるのでいちいち真面目に応対しているときりがない。

そういうバイタリティーのない人、条件の悪い人は物乞いをしている。片足の不自由な男がいる。みすぼらしい服装の老婆がいる。裸足の少年少女がいる。乳飲み子を抱えた母親がいる。放っておくのはたいへん胸が痛む。

ところがである、こいつら、ほとんど演技でやっているらしい。子供なんかはレンタルで、1日いくらで借りているらしい。しかも、物陰でつねったりして、無理やり泣き顔を作らせるらしい。

なんて怠け者だと思うだろうか。でも待って欲しい。彼らは、こんなことでもしないと食っていけないのである。

日本は不景気だ、失業率がコンマ何パーセント上昇したなどと騒いでいるが、笑わせるなと言いたい。選べばどんな仕事だってあるはずだ。ホントに仕事がなかったら、なぜあんなに中国人や南米の日系人が働いているのだ。ブラジルは、ホントにないのである。選びようがないのだ。

このようにブラジルは人が余っているので、アルバイトのように1日4時間だけ働けるなんて都合のいい雇用制度はない、フルタイムで働けない人はどんな職にもつくことができないのだ。人が余っているから、従業員に必要以上気を使う必要はない。ゆえに、退職金なんて払う習慣はないし、ボーナスだって出さない(年に一回、月給の1ヶ月分だけ法律で義務付けられているがそれだけである)。唯一優れているのは、有給休暇を1ヶ月取らせるのを雇用主に強制している点であるが、それにしたって、休みなんて要らないからその分多く金をくれとみんなが言っている。

しかしそれでも、定職があるだけいいのだ。なくなったら、たちまち物乞いに転落してしまうような人達が沢山いる。BRICSなんて、数字の合計ですごいと言っているだけである。ミクロのレベルでは、どこにもすごいことなんかない。


今日は、こんなブログを見つけた。有名な方かもしれないが・・・

短信:悲惨は世界の(本当に)「あらゆるところ」にある

ブルースの発祥地に暮らす黒人を初めとするマイノリティたちがいまだにどんなに悲惨で未来を持てない暮らしをしているのかということを考えると、CDを買ったり、コンサートチケットを買ったりしている「中産階級」に「貧困を救おう」と呼びかけ、おしゃれなファッションアイテムを買わせることがいかに無意味で破廉恥なことかよくわかる。アメリカの富の(ということは世界の富の)ほとんどは5%のアメリカ人たちが支配していると言われるが、確かにアメリカの貧民層の生活の悲惨さは日本のホームレスよりもひどいのではないかと思う。そもそも、彼らはハリケーンで被害にあうずっと前から「難民」なのだ。ただ、それらはテレビ画面にはこれまで余り現れてこなかっただけである。その人たちが、水も食料もない野球ドームに無理矢理に収容されている光景は圧倒的でさえある。この人たちの「被災」ではなくて、この人たちが普段どういう生活をしているのかをなぜメディアはインタヴューしないのだろうか?


私たちの豊かさは、こういう人達の貧しさの上に成り立っているのだ。自分達が日本に生まれたというだけで、いかにラッキーで罪深い存在であるか考えてみたことがあるだろうか。そして私たちはその構造に対して、基本的に何もすることはできないのだ。

世界を貧困から救うと名目で、広くお金を集めている募金があるらしい。しかし、集めたお金の使途は明らかになっていないという。それでも募金したというだけで、この罪深い構造から開放されたと思っているらしく、多くの人がそれを誇らしげに自慢している。とんだおめでたい話である。善意の対象が遠く、抽象的であればあるほどいかがわしいと言った誰かはホント偉かったと思う。


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この記事へのコメント
ブログで、本当のところ、サッカーとかボサノバくらいにしかコメントが来ないのはちょっと悲しくなります。明るい海岸の楽しい生活などばかりを紹介し、ブラジルを紹介したいけど、それでは嘘になってしまいます。日本人の国際知識なんて、テレビのゴールデンタイムのバラエティークイズからのレベルくらいしかでしかないことを痛切に感じます。旅行ガイドも1種類しか発行されていないブラジル・サンパウロにについて、普通の国だし、大都市なんだと知ってもらいたくて続けているわけです。
それには、サッカーネタも必要ですけど。
社会問題ネタでは、全く反応がありません。多分、日本にいては、ここまでの貧富の差は理解しようがないでしょうね。
Posted by Sao Paulo at 2005年09月21日 10:27
Sao Pauloさん、いつもありがとうございます。
ブラジル人はお気楽に見えて、社会問題にすごく関心がありますね。今回のPTのスキャンダルについても、ホントよく話題にしてます。日本人とまったく逆です。深刻そうな顔して、実は自分のことにしか関心がない、みたいな。
私は、ブラジル人がどうしてあんなにサッカーが強くて、女性があんなに美しいかというと、背後に社会問題があるからだと思います。だから、本当は別々に論じることなんてできないのですよね。
あ、そうだ。今度ブログでNetinhoの日曜の番組(7チャンネル)を紹介してくださいよ。あれこそがブラジル人の魂だと思うのですが。でも受けるかどうかわかりませんけどね。
Posted by 非国際人 at 2005年09月21日 20:39
私のアパートにはブラジル人が沢山います.日系だと思いますが,話したことはありません.英語が通じれば多少会話もできると思うのですが,日本語を覚えるつもりもあまりないようで...察するところどうも出稼ぎに来てるみたいですね.かなり低賃金なんじゃないかと思いますが,陽気ですね!台所でガヤガヤ一緒に食事作ったり...うらやましいくらいです.
Posted by 馬場英治 at 2005年10月07日 15:16
はじめまして.この文章に触発されてトラックバックさせていただきました.経済格差の事は考えれば考えるほど暗くなります.自分自身の偽善性と,経済の必然性という命題の渦の中からなかなか抜け出せません.
 以前NHKの人間ドキュメントで浜松で生活する日系?ブラジル人が,日本のホームレスの支援をしている番組を見た事があります.食事支援のみならず,シャンプーや散髪をしてあげたりしている様子が映し出されていました.洗髪や散髪をしてあげるなんて,とてもびっくりしてしまいました.優しいんだな,という感想と同時に,ブラジルでは普通の事なのかもしれない,貧しいんだな,と感じたのを覚えています.いまでは彼らも日本の長引く不況で解雇され、浜松でのそのような人間模様はなくなってしまったんだろうなと一人想像しています.
Posted by T.N.君の日記 at 2005年10月08日 02:07
コメントありがとうございました。確かに途上国を考えるに際しては、ご指摘の問題が常にあります。私も常々悩ましいと思っています。
結論から申しますと、自分のエゴを肯定しないと、思考の悪循環から抜け出せません。自らの存在の罪深さを自覚してはじめて、弱者を思いやる心が生まれる、そう思います。
ちょっと宗教的になってしまいましたが、この問題はまた機会を改めて書きたいと思っています。
Posted by 非国際人 at 2005年10月11日 11:59
ブラジル人はやたら気がいいですから、顔見知りなら必ず挨拶します。だから、日本モードで、知らん顔すると非常に淋しがると思います。本当は英語でも良いから、話しかけた方がいいんですけど、ブラジル人の話す英語も、これがまたひどくて・・。(笑)
あ、そうそう。根拠もなくポジティブですね、彼らは。日本人は根拠もなくネガティブですけど、こればかりは足して2で割るというわけにも行きませんが・・・
Posted by 非国際人 at 2005年10月11日 12:16
非国際人さん、こんにちは。

非国際人さんのブログを初めて訪問したとき、なにげなく「カテゴリ」の「ブラジル」をクリックして、この記事を拝読しました。
ブラジルが貧富の激しい国だというのはなんとなく知っていましたが、実際にそこで生活されている非国際人さんの記事を読んで、改めて「身近な問題」であるように感じます。
そして日本にストリート・チルドレンが出現するようなことはあって欲しくないとも痛感しました・・・。
Posted by 喜八 at 2005年10月27日 21:08
喜八さま。コメントありがとうございます。
もうこの記事も古い記事になってしまいましたが、本当に書きたいと思って書いた記事なので、読んでいただいて大変嬉しいです。
私たちは日本が昔から豊かな国だったかのように思っていますが、良く考えてみればホンの、ここ3〜40年の話で、世界史的に言ったら一瞬の繁栄でしかないと思います。それ以前は、南米の、ブラジルやアルゼンチンの方がはるかに豊かでした。その轍を日本が踏まないとは誰が言えましょう。
つまり、もっと謙虚になって、歴史や他国から学ばなければいけないことが沢山あると思います。目先のことばかり考えていると、どうしても貧乏性になっていけません。あ、これ、自戒の意味も込めて(笑)
Posted by 非国際人 at 2005年10月28日 00:21
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