2005年09月27日

負け組としての選択



時事を考える」というブログを読んでいたら、いきなり「負け組は後進に道を譲り給料3割減を甘受せよ」という表題のエントリーが目に入って度肝を抜かれてしまいました。

で、この人のすごい所は、「これはそろそろ自分に言い聞かせなければいけない言葉ですが」とまで言っちゃうところ。たとえレトリックとしても、なかなかそこまで言えるもんじゃない。もう、一気にファンになっちゃいましたね。「世に倦む日日」の次くらいに(笑)


確かに、自分のために社会の発展が阻害されているという現象は愉快ではありません。しかし実際には、3割も給料カットされちゃったら生活できないですよね(自慢じゃありませんが私の家ではできません)。負け組だって、家のローンもあれば子供の学費もありますし・・・。

ただ、問題はこの文章の後半部分です。
それに、力あるものが国を興せば負け組にも敗者復活のチャンスがあります、自分に無理だと思ったら地縁、血縁などの人脈に頼り自分の最低の居場所だけは確保し、力のある後輩の支援に回りたいと思う今日この頃です、皆様如何でしょうか?

なるほど。この「力のある後輩」というのは会社の後輩のことではなく、「国を興す」ことのできるような実力を持つ若い人ってことでしょうね。そう考えると、「力のある後輩を支援」するために、自分の給料の3割を回すということなら、無理を承知で何とかやってみようという気になるのではないでしょうか。

確かに、もうそろそろそういう時期に入っているかもしれないですね。負け組が互いに足を引っ張り合って、ますます負け続けているのが今の状態のような気がします。(民主党の惨状を見よ)


ただ問題はそういう「力のある後輩」が出てきたら支援してやろうという考えが、ありがちな、強いリーダー待望論になってしまうことへの心配です。例えば、今回の選挙で自民党に投票した人の少なからぬ部分は、強いリーダーの元、日本が再生するのなら、「多少の痛み」も我慢しようと思っていたに違いないと思います。

だから、この戦略そのものは小泉さんによってすでに行われているのです。小泉さんは今回の選挙で、かなりの負け組の票を取り込むことに成功しているはずです。私たちは、これを衆愚の選択などと小ばかにせず、学ぶべき所は謙虚に学ぶべきなのだと思います。まず第一に、私たちは政治を知らな過ぎたのです。

政治とは権謀術数のことだけをいうのではないのですね。全体のために良かれと思ったら意地を張らずサポート役に徹するのも十分に政治的な選択だと思います。そういう目で世間を見渡すと、日本にもまだいろんな可能性があることに気づきました。


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