ここでちょっと話は飛ぶ。私はここ二、三週間ほとんど選挙がらみの政治の話題ばかり追ってきたのだが、その根底には、有権者の、現状に対する切実な焦燥感のようなものがあるのではないかと思っている。
その焦燥感っていうのが、まさに希望格差に対応しているのではないか。満たされない希望が渦を巻いて、過大な期待を小泉さんに投影しているのではないかと思った。
ただし、お叱りを受けるかもしれないが、現実はそんなに悪くないと思う。問題は、期待ばかり過剰で、現実とのギャップを生じている点だ。
短期的な方策としては、二つの方向しかないと思う。
1.負け組は、地道にできることからこつこつやること。
2.勝ち組は、なんでも独り占めしないこと(所得と機会の再分配)
ただ問題は、1と2を並行して進めなくてはいけないということだ。1だけだと、パイが小さいと負け組同士の足の引っ張りあいにしかなりかねないからだ。また、2だけだと負け組をますます甘やかすだけでろくなことにならないからだ。
これまでの議論だと、後者の点ばかりが強調されてきたが、それは、おかしな教育をしているから効果がなかったのであって、所得の再分配そのものが無効であるわけではないと思う。
おかしな教育というのは、学校教育ばかりのことではなく、もっと広い意味で考えたい。家族で、あるいは地域ぐるみで子供を育てるくらいの事がないといけない。少なくても年寄りを敬うことと、節約の大切さくらい教えないとダメ。
そしてそのためには、大人の再教育も必要だと思う。お父さんが午前様をステータスのように思っていては子供に示しがつかないし、土日と二日も休むのなら、どちらかは地域活動に充てるとかね。スローガンだけじゃ実行するわけないから、会社か、地域に対して監督を義務付けるとかして。小さな政府に逆行するけど、その一方で現行の不効率な部分をリストラすれば良いんですよ。
大げさかもしれないけど、このくらい大掛かりにやらないと、失ったモラルは戻らないんじゃないかなって気がします。明治以来140年かけて、国を挙げて壊してきたのだから、個人でそれをやれって言ったって無理です。確かに問題は出るでしょうけど、そういう方向性くらい示さないと国民の意識は変わらないんじゃないかな。
大切なのは、切れやすい若者はひとりでに生まれたのではなく、親をはじめまわりのすべてに原因があるという視点だ。いちいち捕まえていても、元を断たないとそのうち取り返しのつかないことになると思う。
もちろん、1のマクロ経済政策をやることが必要条件。でないと寛政の改革みたいなことになってしまうだけだから。
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思い出すのは学校のクーポン化(byフリードマン)です。公立校にただでいけるクーポンを配るが、私学の値引きにも使える、教育への国の資金投入をそんなクーポンにして、学校を競わせる。当然、ダメな教員も淘汰される。
さて、私は逆に心配性なので、日本の急速な転落を考えてしまいます。
経済の急速な悪化、ナショナリズムの過激化(私はナショナリストですが)など、まさに大戦後最も富裕だった、そして先般、国債がデフォルトしたアルゼンチンのような結末(フルフォード『日本がアルゼンチンタンゴを踊る日』より)すら視野に入りつつあると思います。
負のサイクルに入ったら、なかなか止まらないと思いますよ。
また、大人の再教育ほど難しいものはないです。
私は転落はすでに始まっていると考えます。マクロの数字で見るとトントンでも、大きく二層分化が進んでいるような気がします。以前にブラジルについて書きましたが、町に出れば失業者はうじゃうじゃいるのに、全体の数字だけ見ると景気がいいように錯覚してしまうのです。アメリカでさえそういう国だったことはこの前の台風でばれてしまいました。
あえて暴言を言いますと希望格差社会というものこそ、かつて小沢一郎の言っていた「普通の国」と同じものなんです。ブラジルの下層階級の若者に希望なんてありゃしません。サッカーとダンスと刹那の恋愛ごっこだけです。どうです、日本もだんだん似てきたと思いませんか?
放っておけば、絶対そうなります。この流れが止めようのないことだとみんなが感じているからこそ、まず自分だけは生き残ろうと考えて、ぎすぎすした世の中になっているのではないでしょうか。
止めれるものなら、止めたいですけど。こればかりは、政治家も相当な決意をもって頂かないと・・・