なぜそんなことを今更言い出したのかというと、果たして日本の上場企業の社長の中で、ここ十年、商法を始めとした諸制度がどういう風に変えられてきたか、大まかでもいいからきちんと押えている人がどれだけいるのだろうかと疑問だからである。
まあ社長だけを責めても酷であるから、役員クラスに話を広げてもいいのであるが、会社の中でいえば経理・財務・総務という間接部門の重要性はここ十年で非常に増しているのであるが、むしろ傾向としては縮小してきたのではなかったか。
私はそれらの現場にいたから思うのであるが、現場は余りに急激な法制度の変化に対応するため、疲弊しきっているのである。柔軟な頭脳をもつ若い社員は新しい法制にどんどん対応できるが、中間管理職以上は次々にうつ病などにかかって現場を去っていく。その結果、ますます雰囲気が殺伐としている状況である。
専門の部署でさえ、そんな状況なのである。還暦を迎えるような役員連中にどれだけそれが理解できるのか。表面的に理解できたとしても、その本質にまで理解が至るのはほんのごくわずかではないか。
例えば、株を上場すると乗っ取りのリスクがある。そんなこともわからなかったのかと、今私も含めて大勢のブロガーが勝ち誇ったようにTBSを罵倒しているが、冷静になって想像するに、そりゃあ当事者はしまったと思っているに違いない。
日本の会社には、悪い意味での現場主義のようなものがあって、金勘定のようなことを軽視する風潮があるのは否定できない。まして視聴率競争で苦戦しいていたTBSであるから、なおさらであろう。
しかしそれは優等生的な考え方だ。社長は現場の作業員ではないのだから、優等生である必要はない。本質を見ぬく目を持たなければならない。「挨拶にも来なかった」といういい訳は、私が勤めていた会社を辞める決心をしたときの直属の上司がいかにも言いそうな言葉で、非常に愉快に思った。おそらくこういう発想がニッポン株式会社のスタンダードなのである。社長の仕事は挨拶をすることと受けることだと思ってないか。
商法は古色蒼然たる日本語で書かれているが、その発想は、このような浪花節世界とは無縁の、資本主義の倫理に貫かれている。
商法をちゃんと読めば、会社は株主のものであり、彼らこそが利益からの自分の取り分を決める権利を留保しているのであり、経営者の任免権を持つということがちゃんと書いてある。どんな参考書よりも明確に謳っている。確かに商法は難しく書かれているが、じっくり読めば誰にでもわかるように書いてある。
しかし、専門に経理とか、株式総会対策でもしない限りは、ふつう商法など読まないであろう。
まず、商法は読みにくい。これが非常に大切な点だ。憲法のように口語体で書かれていれば、商法は説明が具体的であるだけにはるかに読みやすいはずだ。
それから、法務省も法学者も、国民に対して、商法を正しく知ってもらおうという努力を全く行っていない。相変わらず、「民は知らしむべからず」という態度である。必要があれば通達をすればいいという考えである。
ところが、会社というところは利益を上げるところであるので、いちいち法律のことなど構っていられないのが実態である。ただ、TBSくらいの知名度のある会社がこんなことをいうのは到底許されるものではないことは私も認める。
私たちの勉強不足も認めよう。しかし、このような事態を招いてしまった国の責任もある。確信犯だという話もあるが・・・
しかし、かつては商法のことについてなんて、別に知らなくても社長が勤まったというのも事実だ。以前は株式の持合というのがかなり一般的だったので、発行株式中、流動している株式の割合は低く、乗っ取りの心配はほとんどなかったのである。
しかし、一連の不良債権処理に絡む自己資本比率維持のために、銀行はかなりの保有株式を売却した。一般企業もまた、益出しのために売却したので、以前に比べるとはるかに大量の株を買い付けることが可能になった。
昔からある企業防衛のためのマニュアルはもはや通用しないのに、まさかうちに来ることはないだろうと高をくくっていたら、この体たらくである。しまったと思っても後の祭である。
楽天の背後にはゴールドマン・サックスの投資顧問がいる。日本のメガバンクもついている。国も、この前のライブドアの一件から考えても、TBSに有利な取り計らいをするとは思えない。しかし私は今更TBSが誰のものになろうとも、興味がない。
問題は日本の、他の上場企業の経営者連中がこの一件から何を学ぶかである。もっとも所詮はサラリーマン上がりがほとんどであって、前例もマニュアルのない事態に対して、どうにも対応のしようがないであろう。何しろ敵は挨拶もしない失礼な相手である。ちょっと飯でも食いましょうと言って丸め込めるはずもない。
つまり、企業も企業で、「解社」的見なおしをすべき所が多いはずである。時代に合わない経営者は、退場すべきであるが、新しい時代にふさわしい経営者もまた生まれ出るはずだ。三木谷氏がそれとは言わないが、少なくてもそのきっかけではあると思う。そういう意味ではTBSの功績も大としなければならない。
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株主総会で株主から経営を委託されただけのはずの役員が、株主に向かって平然と「わが社」と言う不思議。それを当然と思い、何の疑問も感じぬ役員。
正しくは「皆さんの会社(YOUR COMPANY)」。
役員の思い上がりも甚だしい。
まったく仰るとおりでございます。
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それでは又。
ま〜TBSも相手が楽天、村上ファンドでよかったよかった
あと2年ほどすれば、株に関しての規制が緩くなるから、本場のハゲタカ達が大量に舞い降りて、TBSのような会社を食いつぶしてゆくでしょう
自分の会社の未来が、ああなってしまうかも?と日本全国のノホホン経営者に警告を与えたのはいい事だと思います
今起きていることはアメリカ型の負け組を作る前兆でないことを祈ってblogをTBしました。
今でさえ、テレビ界は日本テレビの視聴率操作事件ですら反省もせず、低俗・高視聴率番組と、高尚・高視聴質番組が両極端に存在する構図となっている。
問題は、堀江や三木谷がテレビ界を改善するか改悪するかという点だ。この点から見ると、堀江と三木谷がテレビ界を改善する事は二百%有り得ない。なぜなら、堀江と三木谷は大衆受け(視聴率)至上主義者であり、何よりも成金であるためだ。
堀江がフジテレビを乗っ取ったり、三木谷がTBSを乗っ取れば、放送界は益々酷い方向に向かう。確に、二局とも「ワンナイ」や「金スマ」のような破廉恥居直り番組も存在する。その一方では、六年後、十二年後、十八年後に覚えてるような番組や、受賞番組の本数も多い。フジテレビは十方に娯楽色を打ち出して、制作姿勢で「辨証法の論理」をわきまえている。TBSも、局の個性であるガリ勉根性のソフトや、ファミリー向きのソフトも用意されている。
一方、堀江と三木谷は、「辨証法の論理」や「個性を生かす事」を知らない。古いものは絶対悪で、新しいものは絶対善だという、二進法の持ち主だ。何もかも打っ壊せば全てが善くなると思わせる事が特徴だ。しかし実際には、白か黒かの二進法で整理できる程単純ではなく、新旧並存の辨証法で成り立っている。
従って、堀江や三木谷がメディアを握ると、旧来の淳風美俗を破壊して、新奇の蛮風醜俗を蔓延させるだろう。更に、「買収したら、どんなメディアを作りたいのか?」について、三木谷は未だに説明していない。(堀江は、「世間の大衆様に白紙委任しますよ」とのポピュリズムを掲げた。)つまり、三木谷に全てを白紙委任する事になるのだ。
白か黒かの二進法で新規蒔き直しの幻想を煽り、権力欲だけでビジョンを持たない成金に全てを白紙委任する事は、非常に危険だ。只でさえ成金のやる事だから、「ワンナイ」や「金スマ」のような破廉恥居直り路線に拍車を乗ける事になる。これは、二進法で幻想を振り撒いて労働者を苦しめ、軍国化を進める小泉純一郎・竹中平蔵政権と同じだ。