2005年10月26日

優しい経済学論争



立命館大学の高橋伸彰教授が書いた「優しい経済学」という本を木村剛氏が批判している。木村氏の批判はかなりがさつなものであり、しかも話を私学助成金の問題にすりかえるなど、自らの政治的立場を利用した悪質なものであると思われるので、天誅を加える意味で(笑)ここに記しておくことにする。ところでこの話題の発端は、喜八ログで高橋教授の著作を誉めたエントリーが出たのを、木村氏が自分のブログで取り上げたことである。そのため本来は喜八さんのコメント欄で書くべき内容なのだが、迷惑がかかってはいけないので私のところに書いたほうがいいと思う。

まず、喜八ログの記事
”小泉改革” や ”郵政民営化” を考えるためにボチボチと読書を続けています。そのうちの一冊に非常に分かりやすい例えがあったので引用します。題して「コップ一杯の水」。

  市場原理の下では、ここにコップ一杯の水があるとすれば、一番高い値段を付けた人に売るのが「効率的」だと判断されます。人々のモノやサービスに対する必要や欲求の強さはすべて貨幣の単位で表現され、高い価格をつける人ほどその必要や欲求は高いとみなされるからです。のどが渇いて死にそうだけれどコップ一杯の水に対しては一〇円しか払えないという貧しい人よりも、二日酔いで頭が痛いので一〇〇〇円払ってもよいという金持ちのほうが市場では優先されるのです。こうした市場の原理を公共サービスの分野にまで可能なかぎり拡大しようとしているのが、「構造改革」の名の下で進められている民営化にほかなりません。
上は『優しい経済学』高橋伸彰(たかはし・のぶあき)、ちくま新書(2003)からの引用でした。
「のどが渇いて死にそうだけれどコップ一杯の水に対しては一〇円しか払えないという貧しい人よりも、二日酔いで頭が痛いので一〇〇〇円払ってもよいという金持ちのほうが市場では優先されるのです」の部分に強い説得力を感じました。

ということで、「どうやら高橋伸彰教授は ”小泉改革” に「ノー」を言うだけの勇気をもった数少ない経済学者・エコノミストの1人のようです」とまで言われております。

ところがこれに対して木村さんは、いきなり冒頭から「極めて情緒的かつ扇情的で、私たちの優しい心情に訴える良い文章です。」と、非常にシニカルな書き方をされています。そして、
 売り手は、買い手を選ぶ権利を持っています。お金持ちを優先しなければならないという義務を負っているわけではないのです。そして、上記の叙述で展開されているような人々の心情として、「一〇円しか払えない貧しい人」を優先するのが人の道だと思われるような場合には、通常の売り手であれば、銭の道ではなく人の道を優先するでしょう。
といかにも物がわかっておられるようないい方をされ、
だからこそ、公共サービスについては、現実問題として、規制が課せられており、如何に小泉改革が進もうとも、規制がゼロになることはありません。これは、厳然たる事実です。それをあたかもゼロになるような極端な設定は、あまりにもミスリーディングでしょう。
と、さすが竹中さんのお友達です。しかし、これでは議論が噛み合っていません。読者は木村剛の切れの良い言説を期待していたのであって、「人の世も何も鬼ばかりが住んでいるわけじゃございません」みたいな人情話ではぐらかすのを聞きたいのではありません。(これについては後述)

ところが、ここまでならいいのですが、文章の後半で木村氏は立命館大学で教授を勤める高橋氏が高額の助成金を受け取っているくせに貧しい人を擁護するのは偽善的だ、まずその助成金を返上してそのお金を回すべきだと、見当違いの批判をしています。情緒的かつ扇情的なのはどちらなのでしょうか。もし木村氏の論旨を徹底するなら、公立であれ私立であれ、お上から助成金をいただいている機関に勤務されている人は政府のする経済政策に意見を挟むことはまかりならないということになります。許しがたい暴論です。確かに助成金の額は馬鹿にならないとは思いますが、それと政府に意見することは別の問題です。しかし、木村氏のような特殊な立場にある人が書けば、事情のわからない人はそれでなんとなく納得してしまうでしょう。非常に不愉快です。


さて、本論の部分ですが、木村氏の言いたいことが混乱している部分について、404 Blog Not Found氏がこちらの記事でフォローされています。
市場参加は権利であって義務ではない。ところがそれが民営化という圧力により事実上義務化されるというのが「優しい経済学」の主張のように思える。
という部分です。ここで言う市場というのは極めて経済学的な概念なのですが、要するに、価格がすべてであり、買い手が総理大臣だろうがフリーターだろうが、お金が余っていようが困窮していようがそれは売り手の合理的判断に影響を与えない世界です。新自由主義政策によってすべてを市場を通さなければ手に入れることができなくなったら、弱者が困ってしまうではないかと高橋教授が言いたいのに対して、木村氏はだったら市場を通さなければいい方法を考えろ、別に禁止しているわけじゃないんだしと言っているのです。ただ、その余地は今までよりずっと少なくなって、事実上ないに等しくなりますが、その辺はお茶を濁しつつ、そんなことよりお前がもらっている助成金、あれ何とかしろと話を持っていっている。高橋教授は市場一般として、完全民営化したらどういう事態になるかを語っているのに対し、木村氏は小さな、わかりやすい問題に話を矮小化している。なに庶民なんて嫉妬深いから、これでころっと騙せますといわんばかりです。

それにしても日本の経済学は、いつのまにか経世済民の志を失って、ただのご用学問に成り下がってしまったらしい。あれほどいた日本のケインジアンたちは、どこへ行ったのか。今論陣を張らないで、いったいいつ、永年学んできた成果を発揮するのだろうか。
この記事へのコメント
非国際人さん、こんばんは。
幣ブログの記事を紹介していただきまして、ありがとうございます。
またボンクラなことを書いて高橋先生・木村剛氏にご迷惑をおかけしてもいけませんので、意見は差し控えておきますね。

> あれほどいた日本のケインジアンたちは、どこへ行ったのか。

そうですね〜。私の在籍した大学の経済学科はケインジアンの巣窟とでもいうべきとこでしたが・・・。このごろはケインズは流行らないのでしょうか?
Posted by 喜八 at 2005年10月26日 20:07
どうもこんばんわ
木村剛さんはブログなども書いていて人気のある人ではありますが、日本振興銀行が実態はサラ金のようなことをやっているのがどうも胡散臭いと思っています。
ホームページhttp://www.shinkobank.co.jp/finance/suketto.htmlを見るとわかるのですが、すけっとローンなるものは、サラ金の借り換えを受け付けるという点では画期的なのですが、金利が15%って…ねぇ。困った人が一瞬は救われるかもしれませんがね。後が恐すぎます。
まぁ、一般の銀行も同じような利息制限法にひっかからない高利貸しをやっている時代なので、制限法の金利でも公定歩合に比べて高すぎるので見直しが必要ということなのかもしれませんが。
竹中平蔵と同じ臭いがします。
Posted by miyau at 2005年10月26日 21:07
喜八さん、どうもです。
経済学は科学とはいいながら、前提の段階でかなり難しいなと思う昨今です。私には「路地裏の経済学」が合ってるかなと(笑)
ところでケインジアンと言えば、一時「流動性の罠」論を見掛けましたが、最近すっかり目に触れなくなりました。もしかしたら禁句なのかも、と勝手に考えています。
Posted by 非国際人 at 2005年10月27日 19:06
みゃうさん、コメントありがとうございます。
木村剛氏については、ものすごく頭が切れる人という印象があります。思想的には竹中さんと同類の方ですが、外資の世界で揉まれて、生き残ってきた人なので、私は一目置いています。
で、彼が日本振興銀行で何を目指しているのか、いまいち良くわかりません。もしかしたら、すごく悪いことを企んでいるのかもしれませんが、それにしては、やり方がいまいちスマートじゃないので気にはなっています。
金利15%っていうのは、年利でしたら妥当ではないでしょうか。それより審査や取立てをどうやっているかが気になります。
Posted by 非国際人 at 2005年10月27日 19:24
>市場参加は権利であって義務ではない
昔は市場の外に豊かな世界があって、市場で敗れた人はそこに戻るという選択肢もあったのですが、市場の外というのがほとんどなくなっているのが現状です。
強制参加で無理やり競争させられる社会は自由社会ではない気が、直感的にします。
登校拒否なんてものは子供が自分を守るためにやるものですが、登校拒否すら認めないのでは、死ぬしかないということにもなりかねません。
Posted by takeyan at 2005年10月27日 23:22
松本さんコメントありがとうございます。
私が言いたかったことを、簡潔にまとめていただいてありがとうございました。
唐突ですが、最近思うんですけど、本当のその国の豊かさと言うものは、GDPだけでは測れないと思うのです。日本はGDPこそ高いですけど、それをとったら何も残らないような気がします。インフォーマル・エコノミーというと響きは悪いですけど、市場の変動に対するショック・アブソーバーとして存在意義があると思います。
Posted by 非国際人 at 2005年10月28日 00:37
非国際人さんこんばんわ。いつも楽しみに拝見させて頂いています。
お返事が遅くなって申し訳ありません
年利利15%が妥当かどうかについては、リスクが高い貸出先には高金利という貸す側の論理でいけばそれほど不当に思われないかもしれません。しかし、現在の金利は公定歩合が0%私たちの銀行普通預金金利は0.001%です。15%でも15000倍です。
公定歩合が低いのは金利を上げられない、下げなければならない様々な理由があるからなのですが、基本的にはお金を借りて儲けることが難しい、すなわち景気が悪いから金利が低いままなのです。
私は、年利15%で借り換えしてその後すぐに返済できるならば、高いとはいえないと思いますが、もともと高利を複数借り入れする状況の人はすぐに返済はできない可能性が高いです。
日本振興銀行取立てについては、出来たばかりなので聞いたことがないのでわかりませんが、「借りてくれ」という感じでかなり電話営業などもやっているようです。
頭の切れる人が、庶民の立場で考えて行動する人であれば頼もしい限りですが、残念ながらそれぞれの良心や見識によりけりとしかいえないのです。
なので、頭の切れる人だからこそ、行動や交友関係に注意して発言を見るほうがいいのかなと思っています。
Posted by miyau at 2005年10月29日 22:30
みゃうさまコメントありがとうございます。
日本振興銀行についてですが、意外と上手く行っていないと聞いたことがあります。もっともずいぶん前の話ですが。
ただ、サラ金の借り換えというアイデアはすごいですよ。成功すれば画期的なことです。
金利設定は、微妙ですね(笑)。新自由主義の権化のような彼の言動から考えるに、損をするようなことはするわけがありません。彼は、頭の中ではそれが合理的だと思っているに違いありません。ただ、その合理性が我々庶民とはかけ離れているのだと思います。
しかし木村さんは発言するだけでなく、本当に泥をかぶっているので、私は一目置いてしまいます。でもあのものの言い方は、彼が登場しだした時期からどうも肌に合わないのですけどね(笑)
Posted by 非国際人 at 2005年10月31日 10:16
言い忘れましたが、私は経済学自体に欠陥があるというより、実務的に利用する側に欠陥が歩きがします。
科学とはモデル化だと思うのですが、どんなモデルかを無視して結論だけを使ったり、海外で失敗したモデルに固執したり、と変な使われ方をしているのが気になります。多分、他の科学より用語が身近な分、論理のすり替えがしやすいのですよ。
ネット社会の変化の激しいビジネスモデルに適合した政府の処方箋というのは今のところ見つかっていませんが、政府は成功といいがたいアメリカモデルに固執しているように見えます。
Posted by takeyan at 2005年11月01日 00:30
たけやんさん、どうもです。
経済学っていうのは、科学の衣をまとったイデオロギーだと思った方がいいかもしれません。
まず、最初に「自由放任」とか「政府介入」とかの結論があって、後からそれに合うような理論やデーターを泥縄式に引っ張ってくるなんてことを、学者ですらやっているくらいです。
あと、問題は「短期」と「長期」の問題のすり替えです。ケインジアンは短期を重視するのに対して、自由放任派は長期を重視します。つまり、自由競争は究極的にはいい制度なんですが、均衡点に至るまでどれだけ時間がかかるか、その点に経済学は答えていません。
その間実際に、生活者は失業したりしているのに、経済学的には均衡に至るまでの揺らぎとしかみなされない。これを無視するのは立派なイデオロギーなんですが、多くの人がそれが自然であるかのように勘違いしているのは問題だと思います。
Posted by 非国際人 at 2005年11月01日 11:08
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『優しい経済学』
Excerpt: ”小泉改革” や ”郵政民営化” を考えるためにボチボチと読書を続けています。そのうちの一冊に非常に分かりやすい例えがあったので引用します。題して「コップ一杯の水」。   市場原理の下では、ここにコ..
Weblog: 喜八ログ
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木村剛さん
Excerpt: 木村剛さん(企業経営者、エコノミスト)の人気ブログ「週間!木村剛」に幣記事『優しい経済学』のトラックバックを何気なく送信してみました。 すると木村さんがブログ記事の中で幣記事を取り上げてくれたのです!..
Weblog: 喜八ログ
Tracked: 2005-10-27 05:44

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